(_ _).。o○(日記?)

Twitter(slsweep0775)ではとても書きづらいと思ったことを書いて、さらにそこから流れる思考に任せて自由に書くブログです

 深夜に海外ドラマやってたのを録画して見てたの懐かしいな、今ってあんまりやってないよな、とかchatgptと会話してたら、配信サービスが充実してきたからとか、放映権がそもそも高いとか諸々の理由で減ったらしいとわかった。確かに今テレビつけるとしたらアニメとニチアサをリアタイする以外にない。名探偵津田もTVerで見ちゃったし。それにしてもミステリの素養というかお約束というか、そういうのって意外とみんな知ってるもんなんですね。マダミスとかも盛り上がってるみたいだし、謎解きって結構人気あるんだな

 

 ザ・ベルセデス・メンツの音割れみたいなノイズ加減が絶妙にいいんだよねという感想になかなか共感を持ってもらえない。そもそもノイズという存在自体あまり好まれていないので、そんなものを好んで聴くのはかなり稀有な人間らしいことがわかる
 AIっぽいテイストの不気味なMVと、デスメタルバンドぐらい読めないロゴが印象的で、ノイズまみれの曲と絶妙にマッチしている

 

 youtubeを見ていたら韓国の無人ラーメン屋の動画が流れてくるようになった。24時間営業で、インスタントラーメンを選んで会計したら、謎のマシンでその場で調理できて食べられるらしい。しかもトッピングも売ってたりして、いろんなバリエーションで味を楽しめるんだと

youtu.be

 色味の赤いラーメンが多く、なんだか食欲を唆られてしまったので、ここ最近は韓国の袋麺ばっかり食べている気がする。辛いのもあれば辛くないのもあって美味しい
 近場のスーパーの品揃えは非常に良く、韓国のラーメンも結構あった。しかし天神の方に韓国の商品を取り揃えている専門店があることを偶然にも知ってしまい、試しに行ってみると想像を超えるくらいラーメンの種類があった。あと前から気になっていたハリボーのチョコマシュマロもなぜか売っていたので買った。量の割に1500円。高かった
 ブルダックはチーズ込みでもまあ辛い。辛ラーメンは言わずもがな。ノグリは麺が太くてどん兵衛チック。平たい麺というか。チャパゲティは辛くない。ジャージャー麺らしい。「パラサイト/半地下の家族」でノグリとチャパゲティを合体させたチャパグリを作るシーンを見てから、何度かチャパグリは食べている。飽きない美味しさがある。朝は食パンを食べるので、結果的にここ最近は麺ばかりの生活を送っていることになる。栄養バランスが壊滅的なので、マルチビタミンとヘム鉄を服用し始めた。変なの。どんどんサプリ漬けになっていく未来しか見えない
 ちなみにダイソーにも韓国ラーメンがいくつか置いてあった。あとプルダックにパッケージデザインが似ている日清のポックンミョンだが、思ったより辛くなかったので辛いのが苦手な人にはいいかも

 

「夢は別時空の自分」みたいなことをドクターストレンジの映画で言っていたのがずっと頭に残っていて、夢を見るたびに強く意識してしまう。この言説自体はなんかスピリチュアル関連でも言われているらしいけどそれは別にいいや

 2ヶ月ほど前からデエビゴという薬が処方されるようになった。こいつが厄介な代物で、高確率で夢を見せてくる。毎夜毎夜、別時空の自分を追体験しているような感覚になっている有様。ただ即眠れるというわけにもいかず、これは幸せホルモンとやらが重要になってくるのでは?とAIと相談しながら辿り着いたのが「リラックスの素」と呼ばれるサプリ。飲んで2週間くらい経つけどいい感じ……とかなんとか思ってたけど2週間もすればもう慣れてしまって、12月に入ってから映画見るか仕事行くか以外はずっと布団にいる。出られない。冬季うつってやつなんだろうけども、そもそも私は年中うつ病なので、いつものうつ症状に冬季うつの症状が上乗せされているのに近い。何時間寝てもずっと眠い。朝日を浴びても、肉を食べても、何も意欲が起きないし体力もすぐ尽きる。なんなんだこれは

 自意識は完全に本屋に置いてかれてしまった。先の薬によって夢を見る機会が多くなったからか、本屋で働く夢を定期的に見る。今日も見た。大学時代の4年間を本屋のアルバイトに費やした弊害らしい。夢の中ではとっくに本にカバーをかけたし、本の位置を客に案内したし、レジ打ちも何度もやった。逆にやってないのはなんだ?客の来ない時間をレジカウンターでやり過ごしたりもした。夢にしては再現度が高い。建物の改装が発生して店舗が縮小してからの本屋を一度現実で訪れているので、夢の中も更新されている。レジカウンターは狭い

 名文だと思った文章をいつも夢の中で思いついてしまうので、目が覚めるとまるで思い出せなくなる。メモをしてもそれが夢の中の出来事であれば意味がない。今もこうしてどうにかして思い出そうとしながら文章を書いているのだがまるでダメだ。もう霧散した。夢の中の方が思考が自由な気がする。雑多なものを浮かべてもすぐに何かしら形あるものに組み立てることができていた。夢の中ではどんなに辻褄の合わない出来事でも無理矢理辻褄が合ってしまうので、変な思考も受け入れられてしまう。夢の中で中学生になった僕は夏休みの宿題を何度も忘れる。翌日のテストの存在に気づく。意中のあの子と街中ですれ違ってもスカしたふうにやり過ごす。気になるあの子の前でだけ自分を無駄に良く見せようとする。想いを寄せるあの子の友達との何気ない会話を、寝たふりをしながらこっそりと聞いている。

 ちょっと待て、恋愛が多過ぎる。

 ……とはいえ、あの時できなかったことを、夢の中でやっている。まさしくもう一つの分岐ルートの自分自身を夢の中で見ている。そんなにも未練が山積みだったのだろうか、中学生の自分は。忘れたつもりでも、深層心理では覚えているらしい。厄介だ。ドラえもんに頼んで「うつつまくら」という、「夢と現実を入れ替える」ひみつ道具を出してほしいと思ったことは正直ある。でも夢は博打みたいなものだから、追いかけられて死ぬ夢が現実になるのは困る。そんな呆気ない終わり方はちょっと……

 

日記にならなかった文章の欠片たち

 

 書いて途中でやめた下書きを保存し続けてたけど、どうしようかなと思っている

 

 基本的に、人間というのは「やめる」という行為に理由が発生しない。無理やり理由をつけると、「やめたくなったから」になってしまうから

 一方で人間は同時に、いろんな物事に理由を欲しがる性質がある。単純で簡潔な物事にこそ理由を求めがちだ。複雑で難解な物事に理由を求めることはしない。面倒だから。それこそ面倒くさいからやめたくなった。だからやめた。みたいに

 厄介なことに「やめる」という行為は、人の好奇心を刺激してしまうという意味では最悪だ。だって単純で簡潔な行為にこそ、人は理由を求めてしまう。「やめる」と、言った・行為した・決意した瞬間、ゾンビのように人があちこちから聞いてくる。どうして?なぜ?何かあったの?話してみようよ。力になりたい。

 理由どころか手を差し伸べることさえする。理由理由理由。対話対話。協力。

 面倒に面倒が重なって、面倒臭さが二乗になった時、運良く気力があれば、差し伸べられた手に対して自分も手を伸ばすことができるのだが、いかんせん面倒なので殆どの場合は殻に閉じこもって拒否する。しかしこれまた面倒なことに厄介なことに相手はグイグイとやってきて、殻を割ろうとさえするのである。そんなに気になるのかと、問いかける気力が仮にあっても、問いかけてしまうと相手は気分を悪くする。何故なら相手の動力源が善意だからだ。それも僅かな善意。99.99%の好奇心に対する0.01%の善意。その0.01%も怪しい。冷やかしかもしれない。殻を割って、手を差し伸べようとする行為の根底にあるのは「助けになりたい」か「どうして「やめる」のか知りたい」のどっちかでしかないので、自分が「聞くな」と言っても引き下がらない

 こういう坩堝に陥るのは、わざわざ「やめる」と発信してしまうからだ。たとえ理由は聞くなと予防線を張っても、相手は予防線を鋏で切ってやってくるから。もっと面倒になる

 だから、やめるとき、やめたときに、自分から事情を説明する気がないのならば、何も発信しない方がいい。
 黙ってフェードアウトすればいい。
 ただ、そこにもまた問題がある。

 人は「いなくなったこと」にも理由を探す。姿が見えなくなれば、それはそれで騒ぎ出す。失踪、退場、音信不通──そんな言葉をぶら下げて、まるで事件かのように扱う。「どうしたのかな?」では済まずに、「何かあったに違いない」とどんどん勝手に物語を作り始める。フィクションの脚本家かと思うほど、自由な解釈で人の事情を勝手に再構築しはじめる。心配という名の妄想。そこにまた、ほんのわずかな善意と、山のような好奇心が乗ってくる。
 やめると言っても詮索される。
 やめないと言っても監視される。
 黙っていても話題にされる。
 選択肢のどれを選んでも、面倒くささはついてくる。まるで、どの扉を開けてもクマがいる山小屋みたいだ。結局のところ、「やめる」という行為自体が、人間社会においては常に“発信”と受け取られてしまう。たとえ沈黙であっても、それは“意味のある沈黙”として解析されてしまう
 だから本当にやめたいときは、「やめた」と誰にも知られずに完了していることが理想だ。誰かが気づいたときには、すでに自分はいない。姿も影もなく、名前すら記憶から薄れかけている。そこに至ってようやく、好奇心という名の無遠慮も飽きる。沈黙と忘却は、究極の防壁になる
 僕は今そんな状態になりたいと思っている。ドラえもんに一つだけひみつ道具を貰えるなら、今は石ころぼうしが欲しい。

 思考の過集中に嵌まることが多くなった。

 宝くじ当たった時の妄想とか、自分が不慮の事故で死んだ後の世界とか、自宅が火事になった妄想とか、帰り道に通り魔に出くわしたらどうしようとか、電車の中で無敵の人が暴れ出したらどうやって倒そうかとか、スーパーマンみたいな超能力持ったらどうしようとか

 そういう感じの妄想をずっとやっている。映画『LIFE!』の主人公みたいに。

 特に厄介なのは、創作の構想だ。

 構想ばっかり妄想で組み立てておきながら、そのアウトプットが全く進まないのである。自分で自分に常に問う。「作る気あるか?」と

 もしかしたら、頭の中の構想を組み立てたら、それで満足してしまっているのではないか?という気さえする。冒頭も結末も、大体のあらすじが構想できてしまっていて、その中身を詰めるのが面倒になり、ファスト映画が脳内に完成する。ファスト映画は忌むべき存在だが、自分自身で忌子を作ろうとしてしまっているのが皮肉でたまらず、私はゲームに逃げるのだ。

 ゲームはいい。多すぎるくらいに。時間もあっという間になくなるから、他のことに使う時間もなくなっていく。やめたほうがいいのかもしれないが、楽しくて面白いからやめられない。原神、鳴潮、ゼンゼロ、ストリノヴァ、warframe、パニグレ、エテゲザ、白猫、Division2。アラン・ウェイク2、GTAにスノブレ。気づいたら増えてやがる。

 やめることには理由がないのに、やめないことには理由がいくつもある。

 普通に考えればおかしいと思うはずだ。一方に理由があるならば、もう片方にも理由があるだろうと思うのが普通なのだから。自分から始めてることも共通しているし、文章を書くこともゲームも面白いからやっているのに、飽きたからとかつまらなくなったとかそういうものを通り越して突然やらなくなるのだ。不思議だよね。実に不思議で仕方ない。

 人間だからしょうがないのは重々承知。
 じゃあ人間であるからには、理由もいらない?
 理由を放り投げたほうがいいかもしれない。
 理由はいろんなエネルギーを奪うし、リソースを食う。すごく厄介。やらなくなった事実だけ受け止めて、理由を考えないようにすれば、もっと有意義に過ごせるんじゃないかと思うようになってくる。思考の過集中は起こるけど。少なくとも「理由」や「原因」に過集中することはやめたほうがいい。そもそもないものを追ってもしょうがない

 人と話すことが億劫になってきた。なんでもない会話に価値を見出しづらくなってきている。上から目線で勝手に価値をジャッジするのは失礼極まりないことだけれど、どう頑張っても日常会話に潜む話題に興味を持てず、社会情勢への各々の愚痴も、耳を通り抜けてしまい、とうとう相槌しか打てなくなった

 とはいえ、人の話を聞き流すのにも慣れてきた。しっかり聞いてはいるが、窓の外を歩く人々の動向を見ながら、自分があの場にいたらどう行動するだろうとか、どのルートを辿ってビルの頂上まで登ろうだとか、上の空と大差ない。でもエネルギーはそれなりに使う。だから何もできなくなるし、何も書けなくなる。ゲームだけだ。ゲームと映画だけ。

 

 自分よりも歳が下の有名人や著名人や小説家がどんどん現れる中、本屋の文庫コーナーで立ち読みやあらすじなどを読んでいると、自分も今すぐ書きたくなってしょうがなくなるがしかしいざ帰ってPCの前に座ってみると何も書けない、というやつを年単位で繰り返している。
 長編が書けない。
 そもそも中短編をバカスカ書いてたあの頃が異常だったのだとは思う。向いているのがそれくらいの長さというだけで
 ポメラを使ってしても駄目だった。さっぱりだ。スランプとも言えないような中くらいの宙ぶらりんの感じで、商業で本を出したいという欲に未だ、しがみついている。自費出版の予定を立ててはいる。過去作になるけど、出さないよりはマシだという方面で
 脳の情報が肩を通って腕を通って指からキーボードに移り、電気となって今ディスプレイに映し出されるイメージも健在。もしも上半身だけの存在になってしまっても、少しの間、書くことができるんだろうかと過集中の思考に嵌まったり、自分が消えたあとのことを想像することが多いかもしれない。そういうつもりはないのだが、この瞬間フッt
 と消えたなら。
 この妄想を形にするためにとずっと文章を書いている気さえする。
 それなのに、いざ形にしようとした瞬間に、その妄想は途端に「死ぬ」。画面に言葉として定着しようとした瞬間に、まるで空気に触れたシャボン玉みたいに壊れて全部どこかに飛んでいってしまう。頭の中にあるうちは完璧だった。小説の構成も、キャラクターの造形も、セリフも、展開も、全部が動的で、立体的で、呼吸すらしていたのに、文字に変換しようとした瞬間、途端にそれがただの「言葉の塊」になってしまう
 物語の魂が、抜け落ちる。
 何となくそれが怖いのかも。
 未完成のまま保存された下書きの中に、ほんとは完璧な物語があったはずだと、そう信じていたい自分がいる。

 未完のままの物語は、可能性という名の仮面をかぶっている。
 完成させた瞬間、それは可能性ではなくただの「結果」になってしまう。
 そこには評価があって、ジャッジがあって、あるいは無関心がある。
 可能性は傷つかない。けど、結果は平気で傷つけられる。

 わかってはいる。

 書かない限り、何も始まらないことも。
 形にしなければ、伝わらないことも。
 完成させなければ、自分の中の「これは本当に価値があるんだろうか?」という問いに、永遠に答えを出せないということも。それでも、下書きを開いて、閉じて、保存して、また別のことを考えて、違うフォルダに新しいアイデアを書いて、その繰り返しが、もしかしたら自分にとっての「書く」という行為なのかも

 完成させることよりも、組み立てる過程。
 作ってる途中が一番楽しくて、完成すると評価も込みで気にしなくなっちゃう。生まれかけのイメージに心を預けて、そのまま流されていくような、そんな時間が、たぶん何より心地いい。これはあんまり良くない気もする。さっさと自費出版してしまえば売れる売れないにしろ得られるものは得られるのに

 もしかしたら、書くことは目的じゃなくて、逃避なのかもしれない。
 この世界にうまくなじめない自分が、もう一つの「正しい世界」を作って、そこに住もうとしているだけなのかもしれない。

 それでもいいじゃないか、とも思う。
 逃げ場所がない人間よりは、マシだ。
 書くことで、かろうじて正気を保てているのかもしれない。

 それに、いつかその逃げ場所が、誰かの居場所になるかもしれない。

 今回のこれはだいぶ時間を溜め込んでいたけれど、多分これからも下書きを保存し続けることになる。完成しない物語に完結しない日記を、閉じたままのフォルダの中に積み上げながら

 それでも、いつかちゃんと「終わり」を書ける日が来る。今回はそれが今日なだけ。

 理由もなく書き始めたように、理由もなく、ひっそりと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

独断と偏見で紹介するインストバンド(4-2)

【2024/02/09】
 記事を分割しました。動画のリンクを、プレビュー形式で載せたのがまずかったらしく、記事を読み込むのにアホほど時間を要したらしい。リダイレクトの嵐の末に応答なし表示がされ、ろくに記事を読めなかったのではないかと今更気づいたため、第4回は分割して再度お送りします。

前回。つまり前半

slsweeper.hatenablog.com

 

 

LITE

 らいと。

 こちらもregaと並んでよく紹介されるインストバンド

 ギター、ギター、ベース、ドラムの4人編成。

youtu.be

 アルバム「Phantasia」より。

 最近は映画『騙し絵の牙』『ブライト:サムライソウル』のサウンドトラックなどを担当した。

 個人的にはこれがとても嬉しい。前々からLITEの作る曲はかなりサントラ向きだと思う節があり、いつかはサントラを担当してほしいと思っていたところ、今年になって映画2作の劇伴担当ときた。サントラだけ聴いた。映画も見たい。

youtu.be

youtu.be

 DÉ DÉ MOUSEとのコラボ楽曲もリリースした。最近のお気に入りの一曲。

youtu.be

 2ndアルバム「Phantasia」より。一番のお気に入り。

 先述の通りregaと並んでよく紹介されるバンドなだけあって、こちらもインストロック入門に最適。エモーショナルなサウンドとかっこいいギターの激しめなメロディは流石といったところ。

 

mudy on the 昨晩

 むーでぃーおんざさくばん。

 ギター3人、ベース、ドラムの5人編成。

 曲調としては激しめ。トリプルギターならではの隙間ないサウンドが良い。

youtu.be

 1stアルバム「pavilion」より。

youtu.be

 アルバム「Zyacalanda」より。この曲と、同アルバム収録の踊れる一曲「エゴ・ダンス」が個人的にお気に入り。

 活動頻度は低めかも。2020年は9mm Parabellum Bulletのトリビュートアルバムに参加していたり、新曲を出したりライブをしていたりはしたものの、2021年は特に活動していないかも? ライブやってたらごめんなさい。
 …と思ったら2023年に10年ぶりのフルアルバム「An Instrumental」をリリースした。

 

unkie

 あんきー。

 ギター、ベース、ドラムの3人によるバンド。

 ゴリゴリの激しいロックを魅せてくれる。ジャギジャギとかき鳴らすようなギターが癖になる。まるでそれに対抗するかのようにドラムもドカドカ鳴るし、ベースもエッジの効いたバリバリの音量で鳴りまくる。

youtu.be

 現時点で最新の4thアルバム「FOREST VAMP」より。リリースは2013年。

youtu.be

 上記の通り活動は2013年で止まったままである。

 2018年にギターの青木裕氏が急性骨髄性白血病により48歳でこの世を去ってしまった。

 3rdアルバムと4thアルバムは配信もされていないため、CDで聞くほかはないが、それ以外はサブスクでも聴ける。

 

nuito

 ぬいと。

 京都を拠点にしたギター、ベース、ドラムの3人編成。

 超複雑な拍子とめくるめく変わりまくる曲調で耳が追いつかない超変態的インストバンド。リリースされたアルバムは2009年の「Unutella」7曲収録の1枚のみとなっているが、そのどれもがヤバい。

 代表的なものを挙げるなら、拍子を重ねると猫のイラストロジックの絵になる「NeKoMaJiN vs」

youtu.be

 左右のスピーカーを対面させると隠しトラックが聴こえる「Hinemos」など。後者に関しては位相を反転させているため、モノラルスピーカーだと音が打ち消されてしまい聴こえなくなるらしい。

 楽曲はサブスクでも聴けるのでぜひ。

youtu.be

 

65daysofstatic

  しっくすてぃ・ふぁいぶ・でいず・おぶ・すたてぃっく。「65dos」という略称もある。イングランドで結成されたイギリスのバンド。

 ベース、ギター、ギター兼ピアノ、ドラムの4人編成。

 筆者がインストバンドを本格的に認知するきっかけとなったバンドでもある。

 とにかく音楽性の変化が非常に強い。

 初期アルバムはバンドサウンド中心で、静けさと激しさのメリハリが付いた重厚なサウンドだった。

youtu.be デビューアルバム「The Fall Of Math」より。こうした静と動の境界がある程度ハッキリしているのが初期作の個人的な印象。

 そしてアルバムは四作目に入った時。

youtu.be 4作目のアルバム「We Were Exploding Anyway」より。

「人力ドラムンベース」と評されるくらいの精緻なドラムは健在でありつつ、電子音楽がこのあたりから取り込まれていく。このアルバムに関して言うと、上記の「weak4」「Dance Dance Dance」など、踊れる曲も多い。

 なお、動画は公式YouTubeチャンネルにて公開中のもの。このチャンネルについては後ほど。

 その後名作ゲーム「No Man's Sky」のサウンドトラックを担当。宇宙のあちこちの惑星を探索していくというゲームの壮大な世界観に沿っていることもあり、収録楽曲も壮大な雰囲気を醸し出している。また、これまで若干ダークな雰囲気を中心に発表してきた楽曲と比べると、多少は「希望」を感じさせるような明るめの曲も多い。

youtu.be  実質6枚目のアルバムである「No Man’s Sky : Music For An Infinite Universe」より。

 そうして7枚目。「Replicr,2019」で初期から完全に変わる。

youtu.be 初めて聴いた時、65dosの楽曲かをまず疑った。

 シンセバリバリ。バンドサウンドは鳴りを潜め、前作のやや明るめの雰囲気から、一気に深い闇へ引きずり込まれてしまった。このMVにしてもそう。実験音楽・エクスペリメンタルへ舵を切っていた。これに関してもまた後で。

youtu.be  そして彼らの活動拠点は、音楽配信・販売サービスである「bandcamp」へ。そちらで楽曲をたくさん作っては発表している。上記のMVの楽曲も、bandcampで販売されているものであり、アプリ(無料。iOSAndroid対応。PCはブラウザから)さえ入れれば回数制限付きでフル試聴できるし、気に入ったら購入できる。

「Replicr,2019」で引きずり込まれた深淵の底には、普通のCDやメジャーなストリーミング配信プラットフォームでは到底出会えないような宝庫が眠っているし、65dosの最新楽曲にも触れることができる。谷底に落ちて損はない。

 で、YouTubeチャンネルでも精力的にMVや楽曲を発表し続けている。

youtu.be 最新アルバム「Tomorrowd」より。これはbandcamp販売であるため、itunesなどでは聴けないが、全曲フル視聴は可能。

「65LABS」と題されたプロジェクトの一環として更に多くの楽曲を発表し続け、それらを集めたのが「Tomorrowd」。アンビエントサウンドにところどころ垣間見えるバンドサウンドの割合が心地よい。

 また、支援サービス「patreon」を利用したメンバーシップサービス「Wreckage Systems」もある。こちらでは、新作を月一回無料ダウンロードできたり、メンバーシップ限定コンテンツ、discord上でのコミュニケーションが可能。

 そして公式YouTubeチャンネルの話。

www.youtube.com

 これは「Wreckage Systems」と呼ばれるライブストリーミング配信。今現在も流れ続けている。丁度AI音楽生成アプリ「Mubert」のように、音楽を日々自動生成して流している配信である。前述したメンバーシップシステムは、この自動生成プロジェクト「Wreckage Systems」を支援するためのもの。

 更に言うと、前述した最新アルバム「Tomorrowd」は、この「Wreckage Systems」を使用して作成された二枚目のアルバムなのである。

 そして、さっき紹介した「Replicr,2019」も「KMF」も、この「Wreckage Systems」より前の2019〜2020年の一年をかけて行われた「Unreleased / Unreleasable Vol.4」によるものである。

 バンドサウンド、もうやらないのかなという寂しさはあれど、このテクノサウンドプロジェクトがあまりにも良いので、私は聴き続けることだろう。

 そんなわけで、音楽性はおろか活動形式までガラリと変わった65dos。なんだかおすすめするのが非常に難しくなってきた。

 プラットフォームとかも結構変わってるし、サブスク解禁されていないアルバムもあるどころか配信販売すらしておらず、初期アルバムである「The Fall Of Math」「One Time For All Time」「The Destruction Of Small Ideas」はCDかYouTubeで配信しているフル音源を聴くほかない。

 そして最新曲に至ってはbandcampとYouTubeでしか聴けない状況だ。

 なのでおすすめするとしたら。

①まずアルバム、どの時期が好きかを知ろう。

 ある程度の楽曲は、itunesでも販売しているし各サブスクサービスでも配信中。その他初期アルバムに関しては前述の通りCDを買うかYouTubeで聴ける。中期アルバムに関しては公式YouTubeアカウントにて、ご丁寧に再生リストまで作られているので、そこから聴いてみてもいいかも。

②そのうえで、音楽性が自分の中で好きかどうかを考えてみよう。

 バンドサウンドゴリゴリの初期(CDかYouTube)、電子サウンドが入り混じり始めた中期(CDはもちろんサブスクでも聴ける)、そしてアンビエントとエクスペリメンタルに尽力する彼らの最新(bandcampとYouTube)。

 どれを選ぶかは自由。

 あと、今後彼らの動向を追いかけたい?

 そしてこれまでの音楽性の変遷と、これからの変化をリアルタイムで感じたい?

 それなら、まずは「bandcanp」を入れて、YouTubeアカウントをフォローして、無限生成される音楽の波に浸るのがいい。余裕があるならメンバーシップになったっていい。楽曲を購入するだけでもいい。

 それだけで、今後も続くであろう壮大な音楽実験を支援できる。

 

SCALPING

 すきゃるぴんぐ。すかるぴんぐかも?

 イングランドブリストルのバンド。

 ギター、ベース、ドラム、テクノの4人編成。

 繰り返されるミニマルテクノと激しめのロックサウンドがぶつかり合う曲調が特徴の一つで、もう一つは、

youtu.be

youtu.be

youtu.be

 MVである。ヴィジュアルアーティストのJason Baker氏によるある種グロテスクな短編映画めいたこれらMVが、ループするメロディにSF的なテイストを加えている。他のバンドよりもこの視覚的な要素に重点が置かれている気がする。歌モノにおける歌詞みたいな立ち位置なのかも。

 主にbandcampでの配信や、グッズ展開などがされているが、彼らについて書かれた記事が少なくて少し苦労した。サブスク展開もされているので気軽に聴けるが、このバンドに関してはMVも一見の価値が大いにある。

 

BARM

 ばーむ。

 ギターとベースによる、京都発の二人組。2021年にデビューアルバムをリリースしたばかりの新しいバンド。ギターとベースに限らず、打ち込みやピアノなども取り入れた多彩さを放つ。

youtu.be

 ジャズとロックの間を行き来するようなメロディが秀逸。一曲目の「SUez」は映画のオープニングのように「一曲目」としての役割を果たしていて、引き込まれること請け合い。

youtu.be

 今後に期待大。サブスクでも配信されている。 

 

 アメリカ民謡研究会 / Haniwa

 あめりかみんようけんきゅうかい。

 最後に紹介するのはバンドではない個人プロジェクト。

 ボカロP・Haniwa氏による残響系サウンドに乗せたポエトリー・リーディングが特徴的。ギター・ベース・ドラムなどを駆使し、ルーパーでリズムを刻み、作り上げたサウンドに乗せて、VOCALOIDやVOICEROID達が読み上げる。

 厳密にはインストバンドではない。ポエトリー・リーディングをインストゥルメンタルというジャンルに分類することについて特に異論がないなら、筆者はアメリカ民謡研究会もインストに入れることにする。

 最もインストに近いと言えるのは、

youtu.be

 これか。呼吸音のみという、およそボーカルとは受け入れられ難いような挑戦的な曲。個人的にはこれが一番好き。VOCALOID、つまり機械による歌唱曲において、歌唱者である初音ミクを始めとしたボーカロイドアイデンティティを問い直し再構築した、哲学的な作品となっている。

 そういうわけで動画表現も富んでいる。

 なお、声無しのバージョンもPiaproにて公開している。声無しバージョン”だけ”に着目すれば、インストロックと呼ぶことを認めてくれる人間も増えるだろう。

youtu.be

 これも好き。ニコニコ動画youtubeにて作品は公開されているが、特にyoutubeでのこの動画に関しては、フランス語字幕をつけることができる。かっこいい。

 ここ最近はチルサウンドに乗せたポエトリーリーディングを中心に活動中。若干ジャンルこそ変わるものの、その特徴的な作風は一貫している。

 最近はこちらの曲がロックサウンドに近い。

youtu.be

  CDは同人イベントなどでの頒布にとどまっており、サブスク配信も今のところはない。

 2025年現在、各種サブスクサービスで聴けるようになっている。

hani.booth.pm

 なお、CDはBOOTHにて販売中。

 

 

 

 

 ここ2年で色々状況が変わり、音楽の形がだいぶ変わった。とりわけ気軽に出歩けなくなった状況下で、家で過ごしている人々に向けて様々なバンドが試行錯誤を繰り返してきた。新曲発表はもちろんのこと、サブスクリプション配信、ライブ映像の公開や、リモート演奏の投稿など、多様な形式で展開された2年間だった。

 しかし、展開したはいいものの、それを維持していくことが大変なのはまぁ、音楽に限った話でもないか。

 原神は未だ続いている。予告番組でどのキャラクターが出るかなど、今から気になるものである。
 と、同時に「鳴潮」というオープンワールドアクションゲームのβテスト二回目が予告され、僕はそれにも応募した。

 矛盾が生じる。

 原神も鳴潮もオープンワールドゲームだ。

 

 スパイダーマンのどこかのバースで、ベンおじさんは言ったかもしれない。

「大いなるオープンワールドゲームのプレイには、大いなる時間が伴う」

 

 プレイ時間のやりくりを今から考え、悩んでいる。
 そして、僕の趣味はゲームだけではない。小説も書いているし、プラモもフィギュアも改造しまくっている。漫画も読んでいるしアニメも見ている。「HIGHCARD」「SYNDUALITY」の2クール目はもちろん、姫様拷問だのダンジョン飯だのブレイバーンだの……仕事だってある。通勤で時間を奪われ、会社の椅子でパソコンを八時間眺めるだけの無為な時間。この時間が一番勿体無い。時価としては一番高いのだが、心の時価はマイナスである。悲しい矛盾だ。

 スマホを開けばパニシング、白猫プロジェクトエーテルゲイザー……ゲーム専用機になってすらいる。僕は基本的に電話を全くしないので、通話機能搭載のSNS・ゲーム専用機なのだ。もちろん音楽プレイヤーも、動画プレイヤーも搭載している優れものだ。

 

 時間を作る方法。それは収入をゼロにすることである。
 矛盾だ。
 趣味に金がかかるのは当然の理。模型改造や無料ゲームはその限りでないかもしれないが、その代わり消費されるのは時間である。
 これは一生つきまとう悩みなのだ。 

 

 ChatGPTを一部利用した小説が芥川賞を受賞したらしい。
 羨ましい。正直羨ましい。私は未だに諦めていない。権威主義には食傷気味だが、それでも何かの権威的な物に認められた証は欲しい。
 また矛盾だ。最近の私は矛盾ばかりを抱えて生きている。
 それはそうとして、生成AIの利用そのものを嫌う人種がいる。それは、人間の絵師がこれまで丹精込めて描いてきた作品を、インターネットのその辺に転がっているからとAIが手当たり次第に学習し、集められた無断学習データを元に生成されるからで、曰く「タダ乗り行為・窃盗」に他ならないと言う。だからイラストを主な仕事にしたり、趣味にしたりしている人間からしてみれば、これは脅威にしかならない。他人が生成AIを使用して、好きな絵師の絵柄を真似たイラストを投稿したら、その他人と絵師との間に軋轢が生じる。挙げ句、絵師側には「長年培ってきた技術を擬似的に盗まれる」「生成させた他人との間に、本来発生しなかったはずのトラブルが生じる」「絵師が嫌うシチュエーションやキャラクター、所謂「地雷」を、自分の絵柄で生成される恐怖がつきまとう」というさまざまな追い打ちを受ける羽目になるのだ。
 長くなったが、これはあくまでもイラスト系・画像系の生成AIの話だ。
 文章でそれを聞いたことがないのである。

 イラスト・画像の界隈ではそうした争いが起きている最中、文章系の界隈では、しかもかなり権威的な賞を受賞するとかいう、よく分からないことが起きているのだ。
 まぁ、これも矛盾の一種かもしれない。

 

 悪いが僕自身はよく使う。画像生成AIに関しては、様子を見て今のところ個人の範囲内で使っている。細かく言うと、作りたいフィギュアのコンセプトデザインをAIに考えてもらっている感じだ。生成してもらったキャラクターめいた存在を部分的な箇所……白状すると装甲のデザインや髪型のデザインを、一旦イラストとして生成してもらい、これを参考にパテを練って三次元の立体にする、といった具合。

 文章AIは、ChatGPTにある程度、小説の設定を整理してもらったり、キャラクターを手当たり次第に考えてもらったりしている。

 設定厨には最高のツールだ。名前、所属部隊名、階級、性格、戦闘スタイル、経歴、出身、年齢、性別などなど。軍事機密ファイル並みの細かい設定を作るだけ作って満足している。

 ゆくゆくは画像生成AIに顔写真や隠し撮り写真風の画像を生成してもらって、体裁もそれっぽく整え、見開き式の厚紙ファイルに、印刷した資料や写真をクリップで留めたものを挟み、表紙に「TOP SECRET」のスタンプを押す。

 偽の機密ファイルが出来上がる。偽と言うか、フィクションの、といったほうが適切か。誤解を生みにくい。

 

 どちらにしても反AIでも推進派みたいなやつでもない。使うだけでどちらかに見なされるならそれはそれで構わない。インプレッションゾンビをうまく活用(悪用とも言う)して収益を得られる邪悪なシステムは、存在するから良くないのであって、利用するから良くないのではない。

 
 存在させたテスラの人が悪い。

 

 

 ここまで書いて、タイトルの欄に「AI」の文字があることに気づいた。曰く、内容から推測して適切なタイトルを提案してくれるらしい。 

 やってみよう。

素晴らしい。全て間違っている

 本文から抽出して適当に繋げたような印象だ。「βテスト参加中」はシンプルに嘘だ。千歩譲って「多趣味なゲーマーの日常」ぐらいしか適切なものがない。

 
 やっぱりやめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 原神を始めたのはその五月頃で、そろそろ半年弱になる。

 生活リズムが原神に乗っ取られてしまおうとしており、休日の昼間にやり始めても、気づけば外は真っ暗で、ご飯を食べる時は流石にしないけど、食べ終わったら、ツイキャスの配信をBGMに原神再開、気がつけば深夜で寝る時間。
 一週間前、最新のメインストーリーを終わらせるまでは、本当にその状態の生活が続いていた。終わらせてからは諸々の任務と探索をひたすらやってガチャに使う石を集める。
 キャラクターを育成する素材を得るためにボスに挑む。
 自分だけの家を作れるハウジング機能で最高の部屋を他キャラクターに提供する。
 そういう生活が一週間弱続いて、どうにか原神をプレイする時間は少し減っていった。
 流石にプレイしなくなるなんてことはないだろうな。
 楽しいから。

ハウジング機能である「塵歌壺(じんかつぼ)」のスクリーンショット

 

 とはいえ、本格的な鬱状態には来ていると思う。ここ最近、栄養を気にしてエネルギーバーオンリーになろうとしている。一本満足バーSOYJOYプライベートブランドのもの、バランスパワー、カロリーメイト
 完全メシに、あと少しで手が届きそうになっている。映画館に外出することは未だ健在な一方で、漫画本を買う頻度が減った。発売日のタイミングを見計らって店舗特典目当てで買いに行くことは、よほど好きな本でない限りAmazonでの購入になってきている。
 アニメはそこそこ見出したかもしれない。持っている漫画のアニメ化が結構あるからというのも理由ではあるが、原作のないオリジナルアニメなどはやはり展開がわからないので見たくなる。
 今日はロキのシーズン2を最新話まで、アマプラ配信の「ザ・ボーイズ」のスピンオフ学園ドラマ「ジェン・ブイ」の最新話を見て一日が終わった。

 

 なにか不自然なところがあるとすれば、ここ最近水泳に行けていない。
 会社のシフトが大きく変動しており、安定した曜日休みを取ることができずにいるからだ。原因は自分にある。前述の鬱症状に加え、社会不安、会話などのコミュニケーションがますます億劫になり、その限界値を越えようとしており、それが時々欠勤を引き起こす。シフトを組む人間は、シフト通りに出勤する人間の希望から優先して組み込んでいくので、自分の希望がまるで通らない月すらある。
 体調にもガチャがある。
 朝起きて調子が良いか。悪いか。
 丁か半か。結果は翌日起きてから。
 二分の一の確率で、ここ最近はまあギリギリ起きて出勤することができている。
  出勤してしまえば、どうということはない。給料に見合った簡単な仕事をこなして帰ってくる。
 家に足を踏み入れた時点で、自身にバフがかかる。気分は爽やかになり、好きなことをやって一日を終える。

 ……休みの曜日が滅茶苦茶になって一番困るのは、水泳だ。
 地元のスポーツセンターは市営なので休館日がある。
 なんの偶然か自分の休日もそこにバッティングしてしまうのだ。
 泳げないのはつらい。
 そして何よりも曜日によって人の混雑具合も変わっている。以前は快適に泳げる程度の人の多さが通常だった曜日にこそ泳ぎたかったのに、曜日が変わった途端人の多さも変動し、快適に泳げなくなり断念したこともある。
 そういうことがあり、水泳に行くことすら億劫になってしまっている。

 

 会社のミーティングでレクリエーションに参加することになってしまい、事前に16タイプ性格診断を受けるように言われたので検査してみた。結果はわかっている。そしてそのとおりだった。

 INFP。

 六年くらい前に大学の就活イベントの一環で性格診断を受けた時、僕はINFPだった。

 三年前に転職サイトで性格診断を受けた時、やはりINFPだった。

 僕は仲介者タイプであり、一度もそのタイプが揺らいだことがないのだ。

 自分でも謎だが、妙な誇りすらある。本当に奇妙だけど。

 ミーティングに参加していた他の社員が、自分の性格タイプについて辿々しく説明をする中、僕だけは自分の性格タイプと、それに付随する僕の内面状態を、明確に説明することができてしまった。全部身を以て知っている。全部説明できる分かりやすいようにも何もかも。
 僕がその説明を終えたあと、ミーティングは一瞬だけだが無音になった。

「ぼっち・ざ・ろっく!」という漫画が、高校大学を通して邦楽ロックを聴いていた私の脳と心に突き刺さってしまった。

 原作漫画の扉絵は大体が邦楽ロックのMVのパロディ、アニメになると今度は楽曲提供者がKANA-BOONだったりtricotだったりthe peggiesだったりするし、そもそもキャラ名はアジカンのメンバーが元ネタで、話数タイトルもアジカンの曲名を元ネタにしていたり、江ノ島行ったり八景行ったり下北沢の高校に通っていたりライブハウスでライブして、演奏技術も演出も卓越しているおかげで更に刺さってしまった。

 そして、結束バンドが発表する曲のことしか考えられなくなってしまった。今後どうなるのだろうとか、楽曲提供者にもしやアジカンの誰かが関わってやしないかとか、今月末に出るアルバムへの期待値は高まるばかりであった。

 本格的に生活リズムが狂い始めたので、昼に無理やり起きて会社に行き、休憩中は爆睡するような、変な感じ。冬季鬱が早くもやってきたけど、水泳は続いているのが不思議だ。元々好きだし、水の中でなら何不自由なく体を動かせることもあって、体重もなんとなく落ちた。健康なのか不健康なのかよくわかっていない。気がつけば食に対する姿勢も変わってきていて、惣菜や弁当をそもそも買わなくなった。鶏胸肉と野菜と白飯で生きている。あやふやで健康的なのかもわからないような食生活。

 外出が単純に減った? そうでもない。日々漫画を買いにあちこち店を回るし、図書館にも行く。映画館もいまだに梯子している。一般的には映画館は約2000円かかるアトラクションみたいな道楽趣味だけど、僕は手帳があるので1000円でたくさん観ることができるのが救い。

 それでも会員デーの金曜日は死守している。シフト調整で金曜日に出勤になった日はもう絶望。おかげでブラックパンサーを初日に観に行けなかったし、何より通院も叶わなかった。

 創作したい気持ちはあるが、冬季鬱と低気圧のダブルパンチで持続しない。だからいっそのこと受け手に徹している。積んだ漫画も読んでいる。一気読みはいい。でも物語世界に没入しすぎて、読み終わった後の虚しさが胸を締め付ける。推しの子のアニメ、虚構推理のアニメ、楽しみですね。

 部屋ではずっとオモコロラジオが流れている。曲もそれなりには聞くけれど、話し声の方が落ち着くのかもしれない。

 やっぱり僕には時間が欲しい。

 あまりにも足りない。全部を楽しみたいのに、時間がそれを許さない。

 ドラえもんひみつ道具に「時門」というものがある。これを使うと時の流れが遅くなる。ただし影響範囲は世界全体というSCPめいたアイテムなので、作中でのび太が時門を使い時の流れを遅くした結果、パパはいつまで経っても仕事が終わらず、しずちゃんはピアノのレッスンも終わらず、ママが作った夕飯は冷めてしまうなど、被害は甚大だった。

 一瞬欲しいと思ったけれど、これは要するに自分が楽しみたいからと使ってしまうと、働いている別の人間は、いつまで経っても就業時間を迎えられないという事案が発生するのだ。

 家の中にいても影響はある。電子レンジで何かを温める時、時間のつまみも、iPhoneのタイマーも、全て当てにならないのだ。VTuberの配信も、プレミア公開も、いつまで経っても始まらない。

 何一ついいことがない。私欲のために使ってさえ、その弊害を簡単に受けてしまうリスクがあるのだ。

 ブラックフライデーがこの前までありました。私も買いました。届くのが楽しみ。

 僕はブラックフライデーの時期になるとゲームのDIVISIONを思い出してしまう。現金を媒介にして天然痘が大流行してしまい、ニューヨークがめちゃくちゃになってしまう中を生きるシューティングゲームだが、以前コロナが真っ盛りだったころはまさにそんな感じのことが現実でも起きてたなぁと芋づる式に思い出す。

 映画館でもCOCOAの導入をして、入れてるなら電源は切らないでとアナウンスしてたけれど、最近それもなくなったらしい。

 最近見た「サイレント・ナイト」は「メランコリア」を彷彿とさせつつも、現代を痛烈に風刺したイギリスらしい映画だった。「グリーン・ナイト」は、寝そうになるくらい静かなシーンが続いたけど、考察しがいのある映画だったと思う。でも「ドント・ウォーリー・ダーリン」は、意外にも自分の中ではそうとう好みの映画だったような気がする。

 実を言うと、10月は一度も映画館に行っていない。観たい映画がなかったというのが一番の理由だけど、自分でも驚きだった。ひと月も映画館に行かないとは。

ここ三ヶ月くらい週一でプールに通い始めた。

ノルマは無し。一時間好きに泳ぐだけ。歩いてもいい。潜水してもいい。とにかくプールに一時間。

3キロくらい体重が減っている気がする。

 

アップロードシーズン2は、クリフハンガー中のクリフハンガーでシーズン3に持ち越しとなった。シーズン1を見た時の熱量で書けたらよかったけど、ちょうどザ・ボーイズもシーズン3をやってたり、ムーンナイトやミズ・マーベルにオビワンやネトフリ版バイオなど、妙に一気見をしたり毎週更新される最新話を心待ちにするなどしていたので、一つの作品に絞って感想を書くのは無理かも知れなかったが……

 

Sonny Boyというアニメをついさっき見終わってしまった。全部持ってかれた気がする。

平たく言えば現代版漂流教室みたいなもので、スペースダンディみたいにサイケデリックな世界を旅したりしつつ、元の世界に帰ろう!みたいな話。江口寿史の絵柄全開でお送りされる青春SF群像劇。登場人物が中3辺りの年頃で、銀杏BOYZの主題歌の「少年少女」が本当に似合ってる。

本編中に描かれる生徒たちの関係性とかそういうの見てて、自分の中学時代とかふと思い出したりした。

ネタバレになるからあんまり書かないけど、最終回でのあのシーンにバタフライエフェクトを見出すなどした。苦めなエンドはなんというかとても現実的で、辛くて苦しいけど、そういうもんだと思ってしまえば案外受け入れられるものだったりするから、嫌いじゃない。主人公がそれを受け入れて終わるならなお良い。

 

上手くいくエンディングにはならなかったし、欲しいものは手に入らなかったけど、それでも残るものはあった。

 

みたいな。

 

映画の桐島部活やめるってよとかもそう。失恋したけど映画は撮れた。自分で選んだ選択肢はとりあえず間違ってはいなかった。今これを書いてても思う。自分自身も手に入らなかったものはたくさんあったし上手くいかないこともあったものの、まぁなんだかんだ言って間違ってはなかったと思いたい。苗字が変わっていくFacebookの友達を見ててもそう思う。

ずっと前に精神を病んだ頃、「隣の芝は青く見えると言うが、自分のものはそもそも枯れているので比べるまでもない」みたいなことを書いた気がする。想いを寄せる相手は、誰も彼も自分より優れているように映ってしまい、片思いは劣等感と常に表裏一体だった。好きでいればいるほど、歴然とした何かしらの「差」を見せつけられて、その真偽を確認する度胸もないので自分で勝手に傷心に浸っていたりした。詰めようと思えば詰められたかもしれないが、臆病故に、傷つくのが億劫で距離を取っていたりもした。それは私が孤高な人間に憧れていた側面でもあるのだけど、恋愛が常にそれを邪魔していたのは確かだ。

「恋」とやら(それも全部片想い)に心の領域を占められてなかったら、もっと色々できたのかもしれない。幼稚園の頃からそうだったから、だいぶ長い時間を費やしていたらしい。

かつての初恋相手や、失恋した片想い相手の現在に想いを馳せることもできなくなったくらいには、大人になったらしい。お陰様で無事27です。

 

ところで、今月はホラー映画が豊作でした。

台湾のスプラッタバイオレンス映画「哭悲」

脱出系ジュブナイル映画「ブラック・フォン」

80年代が舞台のスプラッタ「X」

まだ見てないけどなんかヤバいらしい「呪詛」

あとは「女神の継承」とか。来週から。

去年の夏もこうだった気がする。土着系ホラーが好きらしい。図書館で福岡の土着信仰とか調べたことがある。

あと、「禍話」を最近聴き始めたんですが、なんか聞き覚えのある単語が次々出てきます。

「サークル棟」

「文芸研」

「破天荒」

聞き手の一人もなんか聞いたことある声だったし、どうもうちの母校の人っぽい。それも文芸研の先輩の可能性が高い。「破天恐」の存在は知らなかったけど。多分私がいた文芸研だと思われる。